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東京高等裁判所 昭和30年(ラ)3号 決定

抗告人は抗告の趣旨として、「原決定を取り消す。本件を佐賀地方裁判所唐津支部に移送する。」との裁判を求め、その抗告の理由として別紙のとおり主張した。

よつて、按ずるに

(一) 本件記録に徴すると、本件訴訟における原告(移送申立については原決定表示の如く被申立人)は抗告人(移送申立人、本件訴訟における被告)に対し抗告人所有の漁船海盛丸の無線電信、電話、電燈設備等の工事を請負い、その請負代金債権を有するのであるが、その代金の支払については静岡県焼津市(原告の本店所在地)を以つて義務履行地とする特約があつたものとして焼津市を管轄する静岡地方裁判所に請負工事代金支払請求の訴(同庁昭和二十九年(ワ)第一二五号事件)を提起したところ、抗告人は右事件の昭和二十九年五月四日午後一時の口頭弁論期日において、本案の弁論に先だち、管轄違の抗弁を提出し、「本件請負代金債務の支払場所は佐賀県東松浦郡呼子町所在の株式会社佐賀興業銀行呼子支店とする特約があり、かつ、本件請負工事の目的であつた抗告人所有の海盛丸の船籍地は佐賀県呼子町であり、いずれの点からみても本件請負代金債務の義務履行地は呼子町であるから静岡地方裁判所には本訴の管轄権はなく、佐賀地方裁判所唐津支部の管轄に属するものである。また抗告人が申請する証人たるべき者は多く佐賀県におり、また、検証、鑑定をすることになれば海盛丸は船籍港たる呼子港にあるから、若し、本訴を、静岡地方裁判所で審理をするときは、徒らに多額の費用と訴訟の遅延を生ずるおそれがある。

よつて、右事件を佐賀地方裁判所唐津支部へ移送を求める。」と申し立てたところ、被申立人は「本件の義務履行地は債権者たる被申立人の住所たる焼津市である。また、請負工事について争があるならば、右工事に従事した者は全部焼津市に居住するから静岡地方裁判所において審理することこそ却つて、訴訟経済に適うものである。」と陳述したところ、原裁判所は本件の義務履行地は焼津市にあるものと認め、焼津市を管轄する静岡地方裁判所の管轄に属するものとなし、また、呼子町において証拠調の必要があるときは唐津支部に嘱託して証拠調をすることができるから、著しい損害又は遅延を生ずるおそれはないとの理由を以つて抗告人の申立を却下したことが認められる。そこで順次抗告理由について考えてみる。

(一)乙第一号証「売買並に工事契約書」写(記録二八丁)、甲第四号証の一ないし四約束手形の写(記録四四丁ないし四八丁)原審証人古里精一、中津信一の各尋問調書(記録二二丁、二六丁)を綜合すると、本件の工事代金の支払方法については、第一回の支払は契約時に金六十二万円、第二回の支払は進水時に金六十万円を夫々支払い、第三回の支払については進水後六十日に金額十七万円の約束手形、第四回の支払については進水後百二十日に同額の約束手形、第五回の支払については同じく百八十日後に金額十八万円の約束手形を交付する契約であつたこと、及び被申立人は昭和二十八年六月下旬に工事を完成して、抗告人に引渡したこと、抗告人は同年六月二十六日に金額十七万円、同月二十七日金額二十九万九千二百五十円、同月二十八日金額三十万円、金十七万円、金二十一万円の各約束手形をいずれも支払地を佐賀県東松浦郡呼子町、支払場所株式会社佐賀興業銀行呼子支店と定めて被申立人に交付したことが疏明される。然しながら、右乙第一号証、原審証人榎本徳次郎の尋問調書を綜合すると本件請負代金の支払については第一回の支払は被申立人に送金され、第二回の支払は工事引渡のとき抗告人が被申立人方に持参して支払をしたことが一応認められる。そして、約束手形の振出は反対の疏明がない限り代金の支払を確保するために振り出されたものと認めるのが相当であるから右約束手形の支払場所を呼子町の佐賀興業銀行呼子支店としたことが代金の支払場所を特に呼子町と指定したものと即断することはできない。

むしろ、証人榎本徳次郎の尋問調書によると本件請負代金支払の義務履行地については呼子町を以て義務履行地とする特約は勿論、義務履行地についての特約はなかつたことが一応認められるから、本件請負代金の支払については民法第四百八十四条により債権者たる被申立人の現時の住所地たる焼津市を以つて義務履行地と認めるのが相当である。従つて、本訴は右義務履行地を管轄する静岡地方裁判所の管轄に属するものとする。

(二) 抗告人は本件請負工事を施した漁船海盛丸の船籍港は佐賀県東松浦郡呼子港であるから静岡地方裁判所は本訴について管轄権がないと主張するけれども、民事訴訟法第十条の船籍所在地の裁判籍は本件のような船舶に装置する電気工事の請負代金請求の訴には適用がないところであるのみならず、被申立人(原告)が本件請負代金請求の訴をその義務履行地を管轄する裁判所に提起するか或は、またその他の管轄裁判所に提起するかは、その選択に任せられたところであるから、仮に呼子町が海盛丸の船籍所在地であつたとしても、本訴を同町を管轄する佐賀地方裁判所唐津支部に提起しなければならないものではない。従つて、静岡地方裁判所は本訴について管轄権を有するものとする。

(三) また、本訴について、もし、抗告人の住所地において証拠調の必要があるときは、これを所轄裁判所に嘱託してなすことができるのであるから、本訴を静岡地方裁判所において審理することにより、抗告人において著しい損害を被り又は訴訟の遅延を生ずるおそれはないから、この点の抗告人の主張も、また理由がない。

然らば、本件を佐賀地方裁判所唐津支部に移送する旨の裁判を求めた抗告人の申立を却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がない。

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